会長メッセージ



特定非営利活動団体

中山間地域フォーラム 会長
                                          生源寺 眞一



 設立10周年記念シンポジウムと同日開催された新役員による理事会の場において、新たにフォーラムの会長を拝命いたしました。2006年7月のフォーラム設立の際には発起人として名を連ねておりましたが、その後は実質的に休眠会員として過ごしてきたこともあり、果たして重責に応えられるものかどうか、いささかの不安もありますが、微力を尽くしてまいる所存です。よろしくお願いいたします。

 

 40年にわたって農業経済学の分野で調査研究や学生指導にあたってきましたが、中山間という言葉がなかった時代から、中山間地域との深い縁が続いております。卒業論文『過疎:和歌山県本宮町の場合』の調査に訪れた山村集落の景観は今も鮮明に頭に焼き付いていますし、過疎地域振興の制度資金をめぐる現地調査では、北は北海道の天塩町から南は宮崎県のえびの市に至るまで、中山間地域農業の実に多彩な営みから学ぶことができました。近年は長野県飯山市の「蛍の宿を守る会」で学生とともに農作業体験に汗を流し、大学生協を母体とする森林保全の認定NPO法人「樹恩ネットワーク」の世話役を務めるなど、若者と中山間地域をつなぐ取り組みにも力を入れております。

 

 中山間地域のコミュニティはまことに個性的です。個性は農村一般に当てはまることですが、原生自然との結びつきの強い中山間地域では、長い歴史の蓄積も加わって、独自性がいちだんと際立っているというのが私自身の見立てであります。むろん、コミュニティの営みのスタイルが時代とともに変化を遂げていることも事実です。けれども、多様な具体像の底には共通する本質的な要素が横たわっていることも間違いありません。その本質的な要素は世代を越えて引き継がれているようにも思います。

 

 ここ数年ですが、意識的にお話していることがあります。たまに農業・農村の関係者の皆さんに専門的な観点から話題を提供する機会があるのですが、そんな場では今は亡きエリノア・オストロムを紹介することにしているのです。アメリカの政治学者であり、女性初のノーベル経済学賞の受賞者でもあります。受賞の対象となった業績は、地域の共有資源の保全と利用のルールについて、世界各地のケーススタディと明快な理論フレームによって明らかにした点にあります。コモンズすなわち共有地のルールの実証的・理論的解明といったところでしょうか。

 

 コミュニティの共同行動は大切な文化的な資産です。あえて申し上げるならば、多くの都会が失った資産でもあります。共助共存の知恵と長期の時間的視野という点に、コミュニティの営みの共通項があるのです。これが歴史を貫いて各国に見出されるわけですから、まさに時空を超えた本質的な要素と言ってよいでしょう。現代の日本において、そんな本質を身近に感じ取ることができるのが、中山間地域のコミュニティにほかなりません。用水路や公民館の維持管理、あるいは買物弱者への配慮などの取り組みについて、オストロムを引き合いに出しながら、国境と歴史を越えた本質的な価値のあることを現場の皆さんに伝えたいとの思いがあります。

 

 佐藤洋平前会長・現特別顧問は、中山間地域がもたらす多面的で重要な役割について、「私たち現世代はこうした国富を後続の世代に引き渡す義務がある」と強調されています(『中山間地域フォーラムNo.1』の巻頭言)。まさに、その通りです。そして、多面的で重要な役割を引き渡すためにも、コミュニティの共同行動が継承される必要があります。問題は自然体に委ねることなく、この継承を意識的に進めなければならないところにあります。少なくとも日本社会の質的転換が定着するそのときまでは、中山間地域の宝の価値を広く共有するための行動や社会経済的な条件確保に向けた知恵の交流について、意識的に積み重ねることが不可欠です。ここに中山間地域フォーラムの変わることのないミッションがあります。2006年のフォーラム設立趣旨の最後のセンテンスを復唱してメッセージの結びといたします。

 

 私たちは、多くの日本人のふるさと・原風景であり、多面的で重要な役割を担い可能性に満ちたかけがえのない中山間地域の再生に向けて、多様な領域の専門家や実務家が連携し英知と熱意を結集するとともに、意欲的な現地の活動に呼応して支援の輪を広げていくことを決意して、「中山間地域フォーラム」を設立します。